建設業界で起こる労業災害の多くが「不安全な行動」及び「不安全な状態」によるもので、これらをヒューマンエラーと呼びます。
「不安全な行動」とは、労働者本人または関係者の安全を阻害する可能性のある行動を意図的に行うこと。「これぐらい大丈夫」「今までも事故を起こしたことがない」そのような気持ちから起こした安易な行動が、労働災害に繋がります。
「不安全な状態」とは、作業で使用する設備や機械、工具などの作業道具・作業環境において安全が確保されていない状態のことです。
ヒューマンエラーが起こると作業員が負傷する恐れがあるだけでなく、企業の信頼が落ちたり、多額の賠償責任が生じたりする可能性もあります。
どんなヒューマンエラーでも、きっかけは些細なことであることがほとんど。作業を安全に進めるため、現場監督はヒューマンエラーについてしっかりと意識することが大切です。
ヒューマンエラーは主に12の種類に分類されています。それぞれの分類とその対策について詳しく見ていきましょう。
作業に慣れていたことが原因で起こるものです。長年作業に従事したベテランが「このくらいは大丈夫だ」と危険を軽視するケースや、新人が作業に慣れ始めて「事故は起こらないだろう」と注意を怠るケースが挙げられます。
事故を防ぐためには、作業員がルール通りに作業を行っているか、責任者がこまめに確認することが大切です。
注意散漫により引き起こされるミスです。作業に集中していたがために、他への注意が届かなくなってしまう場合に起こります。
対策としては、常に周囲を意識する、お互いに声を掛け合うなどが挙げられます。
作業への知識・経験が不足している、そもそも作業に慣れていない、といった状態が原因で引き起こされるものです。新人に多いヒューマンエラーとも言えます。
この類のミスを防ぐには、マニュアルによる判断基準の統一、作業手順の簡略化、作業に必要な知識教育の徹底が大切です。
また、慣れない作業を無理に行う・慣れない場所で作業をすることもミスに繋がる可能性が高いと意識しましょう。
作業を早く進めようと、正規の手順を省略する、やり方を変えるといった行動が原因となります。楽な方法をとりたくなることは避けられませんが、「手順を飛ばす=手抜き」となり後々重大な問題を引き起こすリスクが高いことを肝に銘じましょう。
作業のスピードは大切ですが、手順は理由があって決められています。その手順が何の目的で必要とされているのかを考えてみてください。
ToDoリストを作成する、煩雑な手順は見直すといった対策も、ヒューマンエラーを防ぐ方法として有効ですね。
年齢を重ね、身体能力や注意力が低下し引き起こされるヒューマンエラーです。建設業界では55歳以上の作業員も少なくない為、健康管理や体力測定、職場環境の改善などを心がけましょう。
「見間違い」「聞き間違い」「思い込み」が原因となるヒューマンエラーです。機器の警告表示を見落とす、図面の寸法を見間違える、足場があると思い込むなどが挙げられます。
いずれも不注意によって引き起こされるため、指さし確認や複数の担当者での確認など、自分一人ではなく、第三者の手も借りて対策するようにしたいですね。
本能的な行動により事故を起こすケースです。高所作業中に物を落とし、とっさに手を伸ばし墜落する、機械に道具が巻き込まれたときに引っ張り返してしまい巻き込まれるといったもので、反射的な行動が原因として挙げられます。
本能的な行動である分対策しがたいですが、「人間はこのような行動をしてしまう」と認識しておくこと、事例を共有することで、どういう状況下でどのような事故が起こるのかの想定が可能です。
慌ててしまい冷静な判断が出来なくなり、普段であればやらないようなミスを引き起こすものです。運転中に何かが飛び出してきてアクセルとブレーキを踏み間違える、というのもパニック行動の一つと言えます。
何か予想していないことが起きた際に冷静な判断が出来るよう、普段から起こりやすい事故について確認しておく、注意喚起をしておくなどの対策を取りましょう。
連絡が届いていなかった、連絡を把握していなかった、というコミュニケーション不足が原因となるものです。個人間の連絡だけでなく、元請けや協力会社、一事業者、二事業者など連絡相手が多くなるほど、連絡ミスは起こりやすくなります。
実際に作業する職人さんまで指示がきちんと伝わっているかどうか、まめにコミュニケーションを取りながら確認するようにしましょう。
疲労が溜まって集中力が低下したり、体がうまく通り動かなかったりするときに起こります。
作業をする以上、ある程度疲労がたまることは避けられません。休憩時間を確保する、熱中症対策を行うなど、身体が資本であると意識した行動をとることが大切です。
また、朝礼で日々の健康状態(体調やケガの有無など)について確認するというのも有効です。
単調作業が続くと、慣れとともに作業効率はアップしますが、その一方で周囲への注意や意識が散漫になります。
「不注意」と同様、常に周囲を意識してお互いに声を掛け合うようにするなど対策しましょう。
事故の中でも、「現場の雰囲気」によって起きるものを集団欠陥といいます。工期が厳しい際には、安全よりもスピードを意識してしまい「近道・省略行動」や「不注意」が起きやすくなることも。
どんなに急いでいても作業手順はきちんと順守する、安全確認を都度行うということは意識しなければなりません。
ヒューマンエラーを防ぐためには、次の2つのポイントを押さえておきましょう。
まずは、当然エラーが起きないように対策をしなければなりません。
実際に現場で発生したヒヤリ・ハット事例の検証や勉強会を行い、作業員に周知しましょう。また、全国で起こっているヒヤリ・ハット事例についても確認し、何がどのような事故に繋がるのか共通の認識を持つことも重要です。
他にもエラーが起こりやすい作業を改善する、設備を見直す、分かりづらい業務をやりやすいものにする、といった改善する方法もあります。
一方で、ヒューマンエラーが起こった場合の対策についても考えておかなければなりません。起きた場合にどうするのかに加え、そのエラーを周知して次に起こさない対策を練ることが大切です。
厚生労働省が運営する「職場のあんぜんサイト」に掲載されているヒヤリハット事例を紹介します。
内装材の入ったダンボール箱を抱えて運搬していた際、通路に放置されていたパイプにつまづいてよろめいた事例が報告されています。原因として考えられるのは、前が見えないほどの大型のダンボール箱を人力運搬していたこと、運搬通路にパイプを放置していたことの2つです。
対策としては、日頃から現場の整理整頓による運搬経路や通路の安全の確保。そして運搬作業前には必ず通路の安全を確認し、大型のダンボール箱であれば前を見ながら運べる運搬用具を使用するようにしましょう。
屋内消火栓の配管埋戻しの作業中にホイールローダーが路面上にあった握りこぶし大の石を踏みつけ、石が安全通路の方向に飛来した事例が発生。交通規制を行なっていたため、幸いにも通行人に被害が及ぶことはなかったものの、工事箇所と安全通路の境に網状の柵を設けるなどして工事箇所からの飛来を防止する対策が求められます。
小型チェーンソーを使って作業していたところ、首に巻いていたタオルがチェーンソーに巻き込まれそうになった事例が報告されています。首や腰にタオルを巻く行為は今回の事例のように巻き込まれのリスクがあるため、服装の正しい着用や作業心得の徹底が必要です。
ダンプトラックが造成工事現場で運搬してきた土を降ろすためにバックしかけたところ、バックミラーに人が映り、あわててブレーキを踏んだ激突未遂の事例も発生しています。ダンプトラックのような後方視界が良くない大型車両をバックさせる場合は、運転者以外に誘導者を1人配置し、周囲を確認しながらの安全な誘導が重要です。
アスファルトフィニッシャの脇でスコップマンとして舗装工事の作業を行なっていたところ、暑さで気分が悪くなった事例です。夏場の作業は熱中症のリスクが高まるため、作業用大型扇風機や遮光ネット、ミストシャワーなど暑さ指数の低減を図る設備の導入を検討する必要があります。
また、作業者の健康状態によっても熱中症のリスクが異なるので、責任者は暑さ指数や健康診断の結果を参考にしながら連続作業時間を考慮することも必要です。熱中症に関する安全衛生教育を行なうことも、現場の健康管理に対する意識向上に役立ちます。
ヒヤリハット対策には自分自身の意識を向上させるのはもちろんですが、作業員同士で注意し合う環境をつくることも重要です。たとえば、どのような作業や状況でヒヤリハットが起こりやすいのかを作業グループで話し合う危険予知訓練を実施したり、新規入場者に教育指導を行なったり、などがヒヤリハット対策としてあげられます。
また、作業中は自分の仕事に集中して周囲への注意がおろそかになることも多いため、まわりが積極的に声掛けをして注意を促すことも重要です。建設現場は作業員の入れ替わりが激しいため、意識してコミュニケーションを取るように周知しましょう。
足場での転倒や墜落は、怪我だけでなく重大な事故にもつながりかねません。そのため、足場で安全に作業ができるように滑りにくい床材の使用をはじめ、滑り止めシートの貼り付け、安全柵やネットの設置などといった転倒・転落の対策が必要になります。また、足場の定期的な点検や足場での作業手順の周知・教育なども重要です。
墜落防止として装着が必須の安全帯についても、継続使用により損傷や素材が劣化している可能性があります。そのため作業前や定期的な点検を実施し、問題があれば新しいものと取り替えましょう。
運搬経路や通路に資材や道具などが放置されている状態だと激突や転倒の原因になるので、日頃から整理整頓や清掃を心がけておくことが大切です。整理整頓や清掃を通して安全な通り道を確保するのはもちろん、作業する際も足元への注意がおろそかになっていないか、足元が見えにくい状態で作業していないか、と意識して行なうこともヒヤリハット対策につながります。
現場での作業に慣れてくると、作業時の服装への意識がおろそかになりやすくなります。そのため、袖口のボタンがしっかり留まっているか、ズボンの裾がはみだしていないか、ポケットに落下すると危険なものが入っていないか、など正しい着用法をルール化して周知するのもおすすめです。
また、作業に応じて必要な保護具を正しく身につけることも自分の身を守ることにつながります。保護帽は正しくかぶってあごひもをきちんと締めているか、安全帯はしっかりと身につけているか、安全靴や安全地下足袋など作業に適したものを履いているか、など適切な保護具を正しく着用するように徹底しましょう。
重大な事故につながるリスクの高い機械の挟まれや巻き込まれ、激突の対策としては、機械を動かす前の事前確認や定期点検があげられます。機械を動かす際は周囲に人がいないか確認したり声掛けして注意を呼びかけたり、人感センサー装置を導入したり、といった対策が有効です。
また、建設機械の欠陥や不備、劣化なども事故を誘発する原因になるため、動作に異常がないか定期的に点検や整備を行なうようにしましょう。
ストレスの強い環境だと不眠やうつ状態に陥りやすく、集中力や注意力の低下によりヒヤリハットのリスクを高める可能性があります。そのため、定期的に無記名でのストレスチェックを行ない、職場環境の見直しや改善を図ることも重要です。
また、夏場は熱中症対策も必須です。熱中症の警戒レベルを事務所に掲示したり、熱中症対策用の自動販売機を現場に設置して水分補給を促したり、などの対策により現場の危機意識を向上させることで、ヒューマンエラーやヒヤリハットの防止に貢献できます。
現場でどのようなヒヤリハットが起こっているのかを見える化するために、ヒヤリハット報告書を作成・提出するシステムを整えておきましょう。ヒヤリハットが発生した日付や時間、内容など詳しい情報を記載することで、今後の対策に役立ちます。
ただし、現場の問題意識が低かったり、評価が下がるのを恐れたりといった理由でヒヤリハットを報告しないケースも考えられるため、システムだけをただ整えるのではなく、報告しやすい職場の雰囲気づくりや報告を評価する制度づくりへの取り組みも求められます。
ヒヤリハット報告書で収集した情報は、再発防止のための分析や対策に活用しましょう。
ヒヤリハット報告書で収集した事例は、作業員に共有・発表することで注意喚起や再発防止につながります。毎日の朝礼で周知したり、掲示板を設置してヒヤリハット事例の概要や対策を掲示したりしながら日々の作業にひそんでいるヒヤリハットを見える化し、問題意識の向上や再発防止に努めましょう。
ヒヤリハット事例が起きてから対策するのではなく、未然に防ぐ安全衛生パトロールの実施も重要な取り組みの1つです。日々のパトロールで現場の安全を確認することによりヒヤリハットの可能性が見える化され、適切な安全対策を講じることでヒヤリハットの防止につながります。